パオラ・アントネッリ

“モダンアートの殿堂”として、世界中から年間300万人が訪れているのがニューヨーク近代美術館「MoMA」です。その建築・デザイン部門のシニアキュレーターとしてグローバルに活躍するパオラ・アントネッリさんを、あさひかわデザインウィーク(ADW)でお迎えします。日本と世界をつなげるプロジェクトも手掛けているパオラさんは、自然豊かな北国のデザイン都市で何を感じ、語るのでしょうか?
6月21日に開かれるシンポジウムの基調講演を前に、彼女の視点や仕事、MoMAについてご紹介します。

Photo by Marton Perlaki

パオラさんとは

ミラノ・トリエンナーレをはじめ国際的な展覧会をキュレーションしたり、世界の政財界のリーダーが一堂に会する「世界経済フォーラム(ダボス会議)」で講演したりと、長く世界を飛び回ってきたパオラさん。米TIME誌から「世界で最も鋭い25人のデザインビジョナリー」の1人に選ばれたこともあります。デザインの役割や可能性について、あらゆる角度から伝えています。

彼女が情熱を注ぐ対象はあまりにも広いですが、私たちの暮らしや仕事のどこかで、接点を見つけることができます。プレゼンテーションイベント「TED」でのパオラさんのスピーチで、それは浮かび上がってきます。「Life」という言葉を何度も口にしているからです。

「デザインとは生活に基づく」
「デザインは私たちの生活で中心的な役割を担っている」
「今後の生活にますます欠かせなくなるものをどう展示するか」

例えばMoMAでは、イスの作品をゲームのソースコード(プログラムの流れ)と並べて展示しています。パオラさんは、ビデオゲームを「純粋なインタラクション・デザイン」と捉え、その挙動が私たちの生活に影響を与えていると喝破します。そこには日本で親しまれてきたゲームも含まれ、見過ごされがちなデザインの重要性を語っています。

TED/パックマンをMoMAに収蔵した理由(2013年)

TED/デザインをアートとして捉える(2007年)

デザインとは幅広いものです。おしゃれな家具やポスター、スポーツカー…。すぐにイメージしやすいそれらにとどまらず、パオラさんによれば、ゲームや生活の一部になったパソコンの「フォント」もデザインです。ミラノ工科大学で学んだ建築家というバックグラウンドを持つ彼女の視線は今、地球レベルの自然や社会経済システム、持続可能性にも向いています。それだけに彼女の仕事は、建築から科学、生物学、ゲーム、環境といった多様な領域と交わっています。

ここ旭川は、「デザイン創造都市」として歩き始めて4年。「デザイン経営」や「デザイン思考」という言葉を耳にする機会も増えてきました。世界中のあらゆるデザインについて調査・研究し、その成果を世界に発信してきたパオラさんの眼差しやメッセージは、この地域にどんな化学反応をもたらすのでしょうか。

世界もローカルも今、課題と矛盾にあふれています。「デザインによる世界へのポジティブな影響が普遍的に認められるようにする」。そんな彼女のパッションは、旭川と世界をつなげ、持続可能な未来を共創する私たちの背中を優しく押してくれるかもしれません。

MoMAとは

「モマ」の愛称くらいは聞いたことがある、という人も多いのではないでしょうか。マンハッタン中心部にあるニューヨーク近代美術館は、「The Museum of Modern Art」という英語表記の頭文字から「MoMA(モマ)」と呼ばれ、親しまれています。世界有数の収蔵品があり、ニューヨーカーにとっても、メトロポリタン美術館と並ぶ誇らしい存在です。

その歴史は1世紀近くに及びます。

教育機関として設立されたのが1929年。当時は大衆に受け入れられていなかったモダンアートが理解され、楽しめるものになるよう、歩みを重ねてきました。今や年間300万人が訪れ、アメリカを代表する「世界で最も優れた近代美術の美術館」としての地位をつかむまでになりました。2019年には約490億円を投じて拡張・リニューアル。さらに多様性に富んだ展示空間となりました。

Museum of Modern Art, New York City, USA Moma.

展示作品ではモネの『睡蓮』、ピカソの『アヴィニョンの娘たち』、アンリ・マティスの『ダンス』、ゴッホの『星月夜』、アンディ・ウォーホルの『キャンベル・スープ缶』『マリリン・モンロー』など、歴史的な名作品が知られています。

永久収蔵品のMoMA collectionは「建築・デザイン」「ドローイング・プリント」「フィルム」「メディア・パフォーマンス」「絵画・彫刻」「写真」の6部門があります。パオラさんは「建築・デザイン」部門のシニアキュレーターであり、R&D(研究開発)のディレクターも務めています。

日本国内でもなじみのあるのが、MoMAデザインストア。20世紀半ばから「グッドデザイン」を定義し、その価値を広めるという先導的な役割を担っているMoMA。そのキュレーターが選んだアイテムを紹介し、暮らしに高い品質性や創造性、そしてデザインの革新性をもたらしている拠点がこのストアです。旗艦店は初の海外出店となった東京・表参道のほか、京都、大阪・心斎橋を含めて3店。雑貨店「ロフト」にも店舗があります。

キュレーターとは

日本では資格を取得して博物館や美術館などで働く「学芸員」が近いイメージですが、海外では、展覧会の企画立案に特化したプロフェッショナルという意味合いが濃くなります。
施設のコレクションについて収集・管理するほか、研究・教育・啓発も行います。専門知識や探求心はもちろん、企画力や調整力、実行力が求められます。

パオラさんの仕事の中では、日本と深く関わっているものもあります。羽田空港などを会場にした令和2年度の文化庁のプロジェクト「CULTURE GATE to JAPAN」のキュレーションを担当。日本文化に通底する「VISION」をテーマにしたインスタレーション(空間芸術)や映像作品をセレクトしました。そこで展示された、数多くのホーンが家族や友人を迎えるかのように音を奏でるインスタレーションの作品は、パオラさんのツイッターのヘッダー画像として使われています。

キュレーションのほか、2023年で11回目を迎えるトヨタ自動車の「LEXUS DESIGN AWARD」に参画。パオラさんは初回から審査員として招かれ、次世代を担うクリエイターの支援・育成に尽力しています。公式サイトでは、「デザイン界で常にその最先端を見つめながら、デザインが持つ責任と可能性を世の中に問い続ける」「若き才能との交流で刺激を受けながら、今回も次世代のクリエイターの可能性を審査員として見出します」と紹介されています。

著名な展覧会としては、2019年の「第22 回ミラノ・トリエンナーレ」で人と自然・生態系のバランスを修復するデザインをキュレーションした「Broken Nature」が代表的です。これをベースとした展覧会は2021年にMoMAでも開催されました。

最近では、デジタルデザインと生物学的デザインの統合を試みるマサチューセッツ工科大学メディアラボの建築家、ネリ・オックスマンの作品による「マテリアル・エコロジー」展を手掛けています。

デザイン評論家アリス・ロースソーンとは、インスタグラム上の共同企画「@design.emergency」を展開。より良い未来を描くための上でのデザインの役割を探求しています。キュレーターとしての知識や経験をベースに、あらゆるチャンネルと方法でデザインへの理解を広げています。